あえて先に結論から言おう。
また僕は敗北してしまった。
だからこれを読んでいるあなたが期待しているような逆転劇も無ければ、ドラマティックなオチが待っている事もない。
この先は、バッドエンドになる事を認められず、ただただ見苦しく抗う男の話を淡々と語るだけである。
どうかそれを理解しながら読んで欲しい。
おじさん「とにかくその肌に塗ってるものを落としなさい」
僕「む、無理です!これを落とすと肌が焼けただれてしまう!」
おじさん「だったら、もう今日は帰りなさい!肌が治ってから来なさい!」
僕「それこそ困る!明日には東京に行かないといけない!そうすると更新期限が切れるから今日しか時間がない!」
おじさん「じゃあ、落として来なさい!」
僕「なんでだよ!!これが本当に日焼けだとしても、あんたは日焼けが治ってから来なさいと言うのか?変じゃないかそんなの!」
おじさん「変なのはお前だ!もうあと10分で講習が始まる!それまでにその肌に塗ってる秘薬とやらを落とせないなら諦めろ」
僕「ぐっ!なんでそんなに頑固なんだ…。ああ、そこまで言うなら分かったよ!でもこの秘薬は特別なやつで、そう簡単には落ちない!だから、アレを用意してほしい。アレを!」
おじさん「なんだ?」
僕「クレンジングオイル」
おじさん「帰れ!!!」
僕の必死の抵抗も虚しく、全く何一つ譲歩してくれそうにない。しぶしぶ僕はトイレで秘薬を落とす事になってしまった。
悔しかった。
今回、少しでもリスクを減らそうと車で15分の距離にある市内の免許センターではなく、あえて片道1時間半もかけて来た田舎の免許センターでこの仕打ち。
そもそも近所の免許センターでは、その昔、僕がバカ殿で現れたときに様々なイチャモンを付けられバトルを繰り広げた職員がいたため、そのような厄介な人物との接触を避けようと、田舎の免許センターまで来たというのに…。
都会から離れれば、大らかな人が多くて、少しくらい融通が聞きそうだと思ったのに…。
というか、あのオッさん見たことある気がするんだけど…、って、あっ!!!!
まずはこの動画を観て欲しい。
僕がカッパになって免許更新に行った時の映像を編集し、金に目が眩んでスペースシャワーTVで日本中に放送されてしまった暗黒動画である。
この映像に出てくる免許センターのおじさん。
このおじさんは立ち位置から、僕がバカ殿時代にバトルしたおじさんであったと当時記憶している。
そして、この今回のしつこい押し問答の感覚…、あのおじさん…近所の免許センターからここに左遷してきたのでは…?!
一抹の疑念がよぎり始める。
世のおじさんたちの凄いところは何年経っても顔が変わらないところである。
しかし、残念な事に大概のおじさんは押し並べて同じ顔でもある。
「最近の若者はみんな同じ顔で分からない」とおじさんたちは言うが、若者たちもおじさんたちに全く同じことを思っているだろう。
自分がそうだと思っているとき、往々にして対極にいる相手も同じことを思っていたりするものだ。
ちなみに、おじさんと若者の狭間にいる僕は記憶力が壊滅的に悪い事も一因して、日常生活に支障をきたすレベルで誰一人の顔も名前も覚えられない。
だから、どうにか顔と名前以外の別の要素を補完材料にして人を識別するしかないのだ。
なので、全く確証はない。
しかし、僕の怒りの炎に薪をくべるには充分な材料でもあった。
僕は一矢報いようとおじさんへ挑むのだった。
僕「秘薬、落としてきましたー」

僕は、上の写真のままでおじさんのところへ戻ると、おじさんは頭を抱えていた。
おじさん「きみ…、本当にそういうの無理だから。今日はもう帰りなさい。」
僕「ちょちょちょっ!ちょっと!!なにが?!なにが無理なんすか?!あんたが落とせって言うから、秘薬を落としたのに…。久しぶりに素肌が外気に触れて肌までヒリヒリしてきちゃったよ。こんなに辛い思いさせて、人を家に帰らせようなんてどうかしてる!」
おじさん「そんなの…、さっきより酷い顔になってるからに決まってるだろ!その顔が本当に認められると思ってるのか?!」
僕「だから、秘薬はそう簡単に落ちないからクレンジングオイルを用意してくれって言ったじゃん!これはあんたが蒔いた種だ!早く責任とって写真撮影してくれ!」
すると突然黙ってどこかに行くおじさん。
え?
撮影してくれるの?本当?
と思ったら、早足で戻ってきて、叩きつけるように牛乳石鹸を僕に渡してきた。
おじさん「もう、キミの余命あと5分しかないから。」
いきなり死の宣告である。
ちらっ
一度ウソをついたら、もう最後まで突き通すしかない。僕は肌の痛みを訴え続け、ずっと、おじさんの良心に訴えかけようとしていた。
おじさん「もう、そういうの良いから。早く洗ってこないと私は行くよ。」
なんなんだ!
なんで一ミリも良心の呵責が無いんだ!
なんで一ミリも良心の呵責が無いんだ!
僕は石鹸を持って急いでトイレに駆け込んだ。
とりあえず、鼻の部分と頬の部分だけを残し、再度アタック!
おじさん「ちゃんと全部落としなさい。」
僕「目の近くは皮膚が弱くて本当に無理。」
僕「目の近くは皮膚が弱くて本当に無理。」
おじさん「…。」
黙りながら時計を見はじめた。
僕「わかった!わかったよ!この人でなし!!」
今度は目だけを落として頬の部分を残して戻ると、まるで路傍の石ころを見るような冷たい瞳で言い放つ。
おじさん「次で最後だから。」
もう、ここまでだった。
最後の抵抗も虚しく、完全なる敗北だった。
結局、僕は秘薬と言う名のアクリル絵の具を落としきり、全く肌荒れとは無縁なツルツルのお肌で撮影をすることになった。
そして、出来上がった免許証がこれである。

なんなんだ、このバッタは。
頭部と首にインクを残してる辺りに最後の抵抗の証しが伺えるが、しかし、目に光の宿っていない人体模型のような無表情で一点を見つめるこの男こそまさに敗北者の姿である。
現実は映画のようにはいかない。
最初に述べたように、逆転劇もドラマティックなオチも見せられず、これを読んでいる方々には心苦しい気持ちと申し訳なさでなんと言って良いのか分からない。
果たして、また僕は次の免許更新で同じような事をやってしまうのだろうか…。
それは、僕自身にもまだ分からない話である。
完
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