2017年03月31日

免許更新ジャンキーの話 その2

前回からのつづき




基本的に免許更新は自分の誕生日の前後一ヶ月、合計三ヶ月の期間内に済ませなくてはいけない。


しかし、免許更新をしたくないあまりに僕は二ヶ月間も免許更新のハガキを見て見ぬ振りし続けていた。


そうこうしている内に、残り二週間で期限が切れるというところで友人の結婚式がやってきた。


招待状には「カラフルな装いでお越し下さい」の文字。


僕は免許更新のためではなく結婚式のために髪を切ろうと決めた。




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結婚式前夜。髪を刈り上げる。










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どんどん行く。











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もう前髪しか残っていない。













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サヨナラ、僕の大切な髪の毛たち。










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完成。天草四郎みたいになった。






免許更新の度に「楽しそうだよね」と多くの人から言われるが、改めて伝えておかなければいけない。

正直全然楽しいわけがない。ただのヤケでしかない。


見て欲しい。自分の姿を鏡で見た後の僕を。

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とても辛そう。我ながら可哀想。





理解してもらえないかもしれないが、そもそも僕は別に目立ちたがり屋ではない。

表現したいものや伝えたい事はあれど、積極的に自分自身が顔を出したいとは全く思わない。本当は舞台袖からシメシメと見ていたいだけのタイプなのだ。


なのに、自分で思いついた事を誰かが代わりにやってくれるわけでもないので、仕方なく自分でやっているだけである。


そうじゃなかったら、誰が好き好んでわざわざ自分からあのような出来損ないのキリシタンみたいな髪型にするというのか。






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※天草四郎(本物のキリシタン)







と、話が逸れてきた。戻そう。

とりあえずあのままでは髪型は完成ではなく、最終的にブリーチ剤で色を抜き、カラーリングするところまでが重要である


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ブリーチ剤が直接頭皮に当たって痛がる姿




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とりあえずブリーチ完了。


あとは、カラーを入れて髪型をセットすれば完成。

とりあえず免許更新の前に結婚式へ向かわねばいかないので、とりあえず髪型は免許更新用ではなく、結婚式用に合わせてビシッとキメる事にした。







【結婚パーティーファッションチェック】

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服装はシンプルにシャツとネクタイのみでありながら、新郎新婦の「カラフルな装いでのご出席」という要望に応えた、赤いシャツと赤いサングラスで統一感を持たせ、髪の色は明るめのグリーンにすることによって会場の植物たちとの調和も演出している。











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また、宇宙人のアンテナのようにピンと立てた髪の先にリボンをあしらったフォーマルなスタイルで祝祭感もアピール。














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ちゃんと後ろの席の人たちが新郎新婦の姿を見れるように邪魔にもならなかったようで、結婚式に相応しい髪型であった







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結婚式の帰り道でも、人々の道しるべとして活躍。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


あとは免許更新へと行くだけである。


しかし、ここまで準備が整っているというのに臆病な僕はまだ憂鬱な気持ちを引きずり続け、タイムリミットは目前へと迫ってきていた。


つづく
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2017年03月08日

免許更新ジャンキーの話 その1

ここ数ヶ月、僕は自分の誕生日が近づくにつれ憂鬱になっていた。

何故なら、今年の誕生日の前後一ヶ月の間で僕は免許更新をしなくてはいけなかったからだ。



本来、免許更新とは少し面倒ではあるが、決して憂鬱なものではない。

しかし、僕は憂鬱にならざるえない。


今回の免許更新で絶対に僕は怒られると分かっていたからだ。


何故わざわざ自分から好き好んで怒られるようなことをしなければいけないのだろうか…。

というか、こんなにイヤだとおもっているなら辞めればいいのにのとも思う。自分でもそう思う。
しかし、これは宿命めいたもので逃げる事が出来ないという強迫観念に囚われ、挑戦しないという選択肢が無いのだ。


と、ここまで書いても、これまでの僕の免許証を見た事の無い人は何を言っているのか理解できないかもしれないので、一度、自分自身でもなんでこうなったのか整理するためにも、順を追って説明しよう。






事の始まりは僕が20歳の頃。

最初の免許更新であった。

何を血迷ったのかなんとなく100円ショップに売っていた相当質の低いカツラを被って行ってみた。

怪しまれながらも免許証を発行してもらう事に成功。


しかし、免許証の写真は最低のクオリティだったため、「なんて中途半端な事をしてしまったのか…」と自分自身を責める事になった。

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上の写真がそのときのもの。気味が悪い。





そして、それから3年後。



あのときのような中途半端なことはしないと決め、次は頭を剃ってマゲを結い、バカ殿メイクで挑む。

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写真撮影は一度は成功するも、講習中に職員か、「ちょっとこっちへ来てくれ」と言われ、別室の椅子に座らされたと思ったら帽子を被せられ、気付いたら二度目の写真を撮らされていた。


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これがそのときの免許証。普通は無帽が鉄則のはずなのに帽子を着用し、田舎のヤンキーみたいになるという辱めを受ける。
許せなかった。





そして、それからまた三年の時が経つも、あのときの屈辱を忘れる事はなかった。

あの時の恨みを晴らすため、絶対に帽子がかぶれないヘアスタイルはこれしかないと、頭を刈り上げた。

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これがその時の姿。

僕はカッパ様になる事で警察官たちに畏怖の念を与え、彼らは一様に目を逸らし、触れてはいけない事のように、一切揉めることもなく成功に至ったが、致命的なミスをしていた。






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「カッパなのに、肌の色を緑に塗り忘れていた。」


なんの邪魔もなく無事免許更新が終えたというのに、時間が経つにしたがい、「あのとき僕は意味不明に顔と頭にベビーオイルを塗りたくっている場合じゃなかった。こんな肌色のものはカッパじゃない」と思うようになっていた。




もうお気づきだろう。

思考回路がバグってきている。


僕は段階を重ね着実に中毒患者へとなっていたのだ。


軽い出来心からドラッグに手を出し、「今回だけ今回だけ」と思いながらも、より摂取量が増えていくジャンキーの如く、僕はどんどんとスリルを求める免許更新中毒になっている。


ただ、麻薬中毒とは決定的に違う事は別に僕はスリルに快楽を感じている訳ではないという点だ。




じゃあ、なぜこんな事を続けるのか?




正直、僕にも分からない。


頭ではもうやめたい。こんなことから手を洗いたいと考えているのに、やらないと正気を保っていられる気がしないのだ。



そんな強迫観念に囚われながら、先週僕は憂鬱な気持ちで頭にバリカンを入れた。

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つづく




posted by ユーチャンチャン at 20:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

ハブと戦った話

さて、なぜか僕が長文を書くときはいつも本題とは関係のない話から入りがちではあるのだけど、今日も例に洩れず小話からひとつ。





僕はよくツギハギだらけのボロボロのズボンをよく穿いている。

僕というか、周りの友達が割と穿いている人が多いので、直接的な知り合いは見たことがあるかもしれない。

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(僕がやっているバンド"アルカシルカ"のメンバーもいつも履いてる)


汚いとか、お金がないのだろうかと色々思っている人もいるかもしれないが、あれは、いわゆるクラストパンツと呼ばれるもので、ボロなどとも呼ばれているし、あんまり洗濯もしないので汚いのは間違いない。

パンクの人や一部のスケーターなどが穿いており、あのズボンは別に売っているものではなく、大概が自分たちでチマチマと裁縫して作っているもので好きなバンドの布パッチや古布を張り合わせたりして、縫い方や使っている糸の色などそれぞれバラバラなので、それ一着で各々の個性が現れるのが面白い。
職人気質の玄人になると、味わい深さを出すために土に数か月埋めたりする全く理解できないレベルのダメージ加工を行う人も多くいる。


そもそもクラスパンツとは、クラストコアというジャンルの人たちから派生したもので、クラストの人たちは"ストレートエッジ"の人たちと同じくらい硬派な思想を持っていて、このズボンはその一種の意思表示的なアイコンとしても捉えられがちであるため、このズボンを穿いていると、ある程度のリスクが付きまとう。

クラストバンドの多くは、政治的、社会的な関心が高く、また動物愛護の精神が強い人が多い。
そのため、彼らと同じような格好をしていると、ベジタリアン(肉だけ食べない)やヴィーガン(魚介や卵など動物性のものも一切摂らない)に間違われたり、革製のブーツやジャケットを着ていると「クラスティーじゃないの?」みたいな顔をされる事もある。

ただ、僕の場合、というか僕の周りの人たちは主義主張があってこのズボンを穿いている人は少ない(当然ルーツやリスペクトはある)。
ただ単純にモノを大事にしている人や、愛着があるものを身に着けたい人ばかりではないかと思う。

僕の場合、一度ズボンを買うと、寝る時まで四六時中ずっと同じものを穿き続けるので、半年ほどで色んなところが破れてくるし、日焼けや汚れでひどいことになってくる。
そのため、破れた部分や、作業中にインクで汚れた部分などを別の布で塞いでいった結果、出来上がったものになっているので、自発的に破ったり汚くしてるわけではない。
ただ、元々のだらしない性格のおかげで縫い目は荒く、あまり手直しもしせず、人に直してもらったりもしたけど、どんどん破れて最終的にはハーフパンツになった。






ちなみに余談だが、パンクの知識が無い人のために先ほどちらっと出てきたストレートエッジという言葉にも触れておこうと思う。

ストレートエッジとは『タバコやドラッグはいらない』『アルコールを摂取しない』『快楽目的のみのセックスをしない』といった信条を歌ったアメリカのハードコアパンクバンドMINOR THREATのイアンマッケイにより提唱されたライフスタイルで、手の甲にバツ印を書くのがシンボルになっている。

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ちなみに、これはあくまで自己節制のひとつであり、他人に押し付けるものではないが、教義的に捉えた一部のファンが大暴走。酒を呑んでる客を殴りつけたりする人たちが現れ、イアンマッケイも困っているという話は有名。
ちなみに、クラストとストレートエッジが混同される事もあるが、発祥は別。






そんな感じで前置きに謎のパンク豆知識を書いてしまったのだけど、そろそろ本題へ入ろうかと思う。














以前にも書いたような気がするし書いてない気もするのだけど、僕はPOGOTOWNという建物の中で細々とデザイン業をしている。
しかし、ここの元々の家主(齢80歳/躁鬱病)から自給1000円出すからバイトしてくれと言われ、そのじいさんが持っている建物や土地の片付けや草刈りを手伝っている。

最近は、持て余した建物を人に売りたいという事でゴミ屋敷と化した一軒家を片付け、草刈りをし、ペンキを塗り替え、木戸をアルミ戸に替え、左官工事をしまくって人が住める環境整備を行う日々を送っている。

DIY能力が日々高まっていく中、じいさんからの小言も適度にスルーしながら作業をしているのだけど、最初、出会ったときは鬱の真っ最中ですぐにでもポックリいきそうな状態だったのに、最近は躁状態が強めに出ており、あと10年は生きるんじゃないかというアクティブぶりで、本当にとんでもない。


僕は躁鬱病の躁状態とは、元気でやる気に溢れているとても良い状態だと思っていたのだけど、そういう事でなく、とにかく感情の起伏が激しいのだ。
一分前までニコニコしてると思ってたら、ひとつ気に食わない事があると大激怒が始まる。

先日は、ゴミの処分場に行くとき道を間違ったことによりウロウロしてる間に営業時間を過ぎていた。
着いたころには当然閉まっているのだが、そこで突然プッツン。

事業所の電話番号に電話して「私は営業時間内に本当は着いてた!道に迷ったから遅れただけだ!!早く開けなさい!」と、喚き散らしている。

あまりに横暴である。


爺さん「なんで、営業時間がこの時間なんだ!持ってきたゴミをここの前に置いてもう帰るぞ!」

と、看板をバンバン蹴りながらずっと激高している姿を眺めながら、理屈が通じるような状態とは言えないので、僕はとりあえず爺さんが一度落ち着くのを待った。電話対応している人には本当に申し訳ないけども。


「世の中には様々な迷惑なクレーマーがいると聞くが、ここまで理不尽なものだとしたら、全員この爺さんと同じような病気なんじゃないだろうか」

そう思うと、少しだけ気が楽になれるが、

爺さん「サノヴァビッチ!!!」

ただ、この爺さん自体元々の性格が歪んでいるのもある…。





本当に偶然なのだが、驚くべきことにこの爺さんは、ウチのじいちゃんとばあちゃんの中学からの同級生らしく、最初にそれが発覚したとき、ばあちゃんに「あの爺さんはどんな人か?」と聞いたら、苦い顔をしながら「欲深い人だよ。強欲だから信用しちゃいけない」と言われ、ウチのじいちゃんとばあちゃんが付き合っているときにばあちゃんに対して、金をチラつかせたり、しつこくデートに誘ったりと二人の仲を裂こうとしたという聞きたくない話を聞かされた。まあ、全くなびかなかったらしいけども。

そんな、ばあちゃんの眼は確かなもので、この爺さんはとにかく物やお金など物質的なものに執着する。
そのせいで家がゴミ屋敷のようにもなっていたのだ。
誰がどう見ても明らかにゴミだと認識するものを僕が捨てようとしても、「まだ使えるかもしれないのに捨てるな!」と怒りだしたりするし、自分の予定通りに事が運ばないと鬱にもなって何もしなくなるし、怒りが頂点に達するとどこで覚えてきたのか「サノヴァビッチ」という汚い言葉を吐くしで、片付けの作業が本当に進まず大変であった。



それでも、なんとか作業は大詰め。もうなんとか人が住める状態へとなってきたところで事件が起きた。


あれはまさに昨日の事である。

家の庭の片隅で爺さんが必死の形相で老人には似合わない激しいステップを踏んでいる。

なんだ、どうしたのだと僕が近づいていくと、よく見るとダンスではなく爺さんがモリのようなものを持って何かと戦っているのだ。




さらに僕が近づくと


「ハブっ!!ハブっっ!!ハブぅう!!!」

と叫んでいる。



そう、爺さんは突然現れた猛毒を持つヘビ科のあいつと戦闘の最中だった。






"爺さんの攻撃"  ミス!

"ハブの反撃"  ミス!

”爺さんの攻撃”  ミス!

"ハブの反撃"  ミス!



みたいなファイナルファンタジーのバトル画面のようなシチュエーションに遭遇してしまって僕は、すぐに爺さんを助けに入れば良かったのにその状況があまりに面白かったのでつい棒立ちになって眺めてしまった。

それぞれのターンでお互いミスを連発するも、遂に爺さんの一撃がハブを捕らえ、そこから二刀流に持ち替えた爺さんがスコップで怒涛の滅多打ちを喰らわせハブの息の根を止めたのだった。


しかし、敵は一体ではなかった。
新たなるハブが現れ、先ほどと同じような攻防を繰り広げる爺さんとハブ。

またもや、連打の末モリで体を貫く爺さん。

そして、よりによって僕を呼び出し、最後の止めを刺せと言うのだ。

「なんの儀式だよ!さっきみたいに二刀流に持ち替えて自分でやれよ!っていうか、生け捕りにしてどっかに離してやろうよ!」みたいな事を言いたいけど、生け捕りにする道具もないし、このまま逃がしても、今後作業中に敵から復讐される可能性もある。正直、それは怖い。僕は毒を持っている生物がとても苦手なのだ。

冒頭で述べたように僕はクラスティーではないので肉は食べるし、革のブーツも履く。
しかし、元々無益な殺生はしたくないし、食材を無駄にするこの飽食時代には違和感を感じる。
でも、僕が遣らなくてもどうせ爺さんがあの命中率の悪い攻撃で連打して苦しめながら殺す。
僕はしぶしぶスコップで相手のクビを切り落とす事にした。

なるべく苦しまないようにためらわずに一息でと思ったものの、蛇の体は強く柔らく、簡単には切断する事が出来なかった。
何度刺してもハブは死ぬこともなく、苦しみながらもずっと抵抗してこちらを殺しに来ようとするその姿に僕はいたたまれなさと同時に畏怖の念を抱いた。


どんなに傷ついてもなんとしても生きようとする生命力と、生きられずとも自分をここまでの目に合わせた人間を刺し違えてでも殺すというような狂気じみたものを感じたのだ。




なぜ、マムシ酒やハブ酒など、ヘビを漬けた酒が滋養強壮になるのかという話を聞いたことがあるだろうか?

ヘビは元々生命力の強い生き物で、生きたまま酒の中に密閉することで、その苦しみや憎悪を感じながらも死ぬまで生きようともがく執念が生命力となって酒に溶け込んでいるから、精力になると言う。


その話がまんざら迷信でもないような、死の間際まで生にしがみつこうとしているそのハブの執念を目の当たりにして僕は様々な感情が押し寄せてきた。




先日、とある知人が亡くなった。
死因は不明だと言われ、告別式の前夜、友人と話をしていた。

「状況的に自殺の可能性が高そうなので、俺は行くのやめておきます。」

友人は、もし自分が自殺した立場であれば誰にも葬式に来て欲しくないと思ってしまうと言い、僕は、死因や死んだ人の感情はさておき一番大事なのは生きてる人たちの気持ちだから、残された人たちのために俺は行くという話しをした。

ものすごく簡潔に省いたけど、そのとき、死を選ぶほどの覚悟についてなど多くの死生観について離していた。

でも昨日、僕はそのハブの"死"を見て、対極であるす"生"を感じざるにはいられなかった。



ああ、そうか。
根本的な事を忘れていた。

自殺する人たちは、死にたいから死んでいったんじゃないや。

生きてられないから死ぬしかなかったんだ。

これは似てるようだけど全然違う。
死ぬ以外の選択肢が別に見えていたのなら死ぬ人間なんていない。絶対に本能がそうさせるはずだと僕は感じた。



それ以外の沢山の感情がグルグルグルグルとしながらも、なんとなく、ちゃんと生きていこうと思った日だった。







ただ、爺さんはつい一時間前まで歳を取るとアリンコ一匹殺すのも気が引けると言ってたのに、鬼の首を取ったような態度で、誇らしげにハブを殺してやったっと狂喜していた。

この人は死なない程度に咬まれてちょっと慎ましくなるくらいが丁度良かった気がする。
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posted by ユーチャンチャン at 19:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

路上開放の話

ストリートカルチャーという言葉がある。
主にスケートやグラフィティ、HIP HOPなどから派生したファッションや音楽、そして、ライフスタイルを指している。

と、頭では分かっていたものの、僕はストリートという言葉自体にはいまいちピンと来ないまま今まで過ごしてきていた。

僕らは昔から居酒屋に行くような金が無くて、当たり前のように道端で酒を呑み、酒代を稼ぐために自分たちで作ったTシャツなどのアイテムを道端で売り、誰かが楽器を持ってきて歌を歌う。
それらを路上飲み会や路上販売、路上演奏などと呼び、全てを"路上"という日本語に当てはめ、ごく自然な生活の一部でしかなかったのだが、単純にストリートカルチャーとはそういうことではないのかと気づいてしまった。

普段から当たり前のように過ごしていたせいで、ストリートという英語に当事者意識が一切無く、別文化だと思っていたせいで理解が出来なかっただけだった。

それをふと気づかされたイベントが先日東京であった。



【NO LIMIT 東京自治区】

イベント30超開催!出演バンド40組超!来日参加者180人越え!アジアを巻き込む巨大D.I.Y.祭り
世の中どこを見渡してもくだらないことになっている。世界の金持ちたちは世にはびこり、戦争や人殺し、人種差別も絶えない。しかし、その一方でアジア各地には音楽、芸術、謎のスペースなど「そう簡単に世の流れに巻き込まれずに、こっちのやり方で好き勝手にやっちゃうよ〜」というマヌケ地下文化圏が広がっている。そして近年、お互いの行き来も増えまくり、いまや謎のロクでもない奴らや役立たずなどがこのアジア一帯をむやみにウロつき始めている!
こうなったらもう、仮に世の中がメチャクチャになっても、各地のマヌケ文化圏にとっては屁みたいなもの。いざという時でも全く動じずに寝る所から食べ物まで続々と調達して、挙げ句の果てに死ぬほど遊び続けてしまえばいい。今回はそんな予行演習みたいなもので、アジア各地のとんでもないやつらが一挙に東京に集結して謎の自治区を出現させ、展示や上映、ライブ、トーク、くだらない講座、物販、飲み会などを開催! 前代未聞の祭がやってくる!!!!!!

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と、上記の解説文を読んでもいまいちどういうものか分からないかもしれない。
中国、香港、韓国、台湾、マレーシア、ドイツなどなど日本の近隣国から多くの人たちが集まったイベントで、僕が参加しているアルカシルカやワラバーズと、それ以外にも沖縄の友達バンドもいくつか呼んでもらった。
このイベント、良く分からないまま関わった人たちも大勢いただろうし、いまだにどういうものだったのか分からないまま出演だけしてしまった人たちもいるだろう。
このイベントが最後までなんだったのか分からなかった人たちは、完全に遊ぶのが足りなかった人たちだろうと個人的には思う。

一週間を通してライブや座談会、映画上映などが東京のそこら中で行われ、一週間も仕事を休んで日本までやってきた不良外国人が溢れていた。
かく言う僕らも3週間の東京滞在をしていたわけだけど、特にこのイベント期間中の1週間は毎日、駅前の広場や高架下でみんなで酒盛りをしていたが、大勢の外国人も同じようにそこら辺の道端で呑んでるもんだから、言葉が分からなくても自然と合流をし、身振り手振りでどうにか交流を図ればどうにだってなってしまう。いつの間にか誰かが楽器を持って歌い始める。なんの関係もない通行人が足を止める。酒を勧める。そして仲間に加わる。という事を朝まで繰り返す大宴会が連日連夜続く。

駅前は国籍の分からない人間たちで溢れ、あっちで歌を歌い、こっちでも歌を歌い、そちらではカセットコンロを持ってきて鍋をつつくというアナーキー極まりない様相を呈しており、道行く人たちも不思議に思っていたに違いない。人が沢山集まっていると通報したくなる変わった人もいるもので、警察も何度も注意に来るが、いつの間にか仲間に加わっていたおじいさんが、「いつからこの街はこんな息苦しくなってきたんだ!」と警察に説教するし、別に誰も悪事を働いているわけではないので、だんだん警察も諦めてくる。

少しずつ路上が解放されゆくのを目の当たりにしている頃、話の冒頭にあるストリートという言葉についてハッキリと意味が分かったのだった。僕らの普段の生活や遊びを同じような感覚で同じように過ごす人たちと交わったことによって、こういうところから生まれる文化がストリートとして呼ばれきたのだろうとは思ったが、別にそのことに気づけた事はさほど重要ではないし、別に「俺たちはストリート育ちだ」と格好をつけるわけでもないので、わりとどうでも良いのだけど、でもなんとなく、世の中こうあるべきだとしみじみと思う日々だった。

そして、一週間もかけてこの日本で他国の人たちと交流するという体験というのはとてもとても貴重だった。まあ、僕が住んでるとこは沖縄のコザという街だし、毎日アメリカ人とも交流はしているけど、それとはまた全然違う良さがあった。とにかく素晴らしいイベントだった。
他にも沢山言葉にしたい事がありはするけど、すでにまとまりがなく終着点が見つからなそうなので、この話はここまで。

それと余談だが、このイベントの企画の際に声をかけてくれた松本さんの書籍が筑摩書房から出版したのだが、僕らが企画しているオッドランドの事や、僕が住むポゴタウンの事などが面白おかしく書かれているので是非チェックしてみて欲しい。





ああ、そうだ。そうだった!それと、そういえばすごく大事な話を忘れていた。
先ほど3週間ばかり東京に滞在していたと書いたが、実はその後一週間は韓国にも行ってきた。ザンダリフェスタというイベント出演のためだったのだが、そこではシュウくんやユンくんという友達ができたし、路上が解放されまくってて散々楽しい経験をさせてもらったのだが、合計一か月間家を空けるという事は、その間全くお金が稼げないという事でもある。月々の支払は容赦なくやってくるし、追い打ちをかけるように今月の電気代が4万円以上という信じられない金額を電力会社から要求され、ここのところ口にするのは豆腐ばかり。ヤバい。本当にヤバい。遊び過ぎたツケが回ってきた。
なのに、来月も再来月もライブで東京へ行かねばいけないのにどうしたものか。

というわけで、生活費を稼ぐために大慌てでTシャツを作ったので買ってくださいという感じで締めますね。

通販はこちらから!助けて!

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ポゴタウン救済Tシャツ「ボンノーくんTシャツ」
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posted by ユーチャンチャン at 22:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

香港と中国へ行った話(その4)

最後の更新から随分経ってしまいました。
最終日の話を書きます。

早朝、宿を後にし、僕らは換金所を探した。
日本円を中国元に替えるためなのだが、どこにも見当たらない。
すると大きな銀行を見つける。
Exchangeと書かれてるので両替も出来るはず!

そして、我々は意気揚々と銀行のビルに入っていくも、案の定、銀行員は誰一人として英語が出来ない。
日本円を見せても、どこの国の紙幣か分からないといった感じだし、違う国の紙幣を両替なんてしたこともないといった感じで全く話にならない。
行員も「あっちの銀行へ行ってみた方がいい」と近くの別銀行を紹介してしまう始末。

次の銀行でも同じような感じ、たらい回し的にまた別の銀行を紹介され、そこに行くと今度は銀行の奥に通され、応接室のようなところで意思疎通を図る。
行員も慌てふためきどうにかこうにか時間をかけて両替に成功したものの両替ひとつで2時間近く時間を消費してしまった。


その後は昨日行った問屋ビルでの買い付けを済まし、香港へと戻る事にした。


香港では再びチョンキンマンションへと向かう。
シャブシャブとガンジャの誘いをかわしながら宿へと到着。
値段交渉をする。高い。帰ろうとする。引き止められる。安くしてもらう。でも高い。帰ろうとする。引き止められる。さらに安くしてもらう。
という段取りでなんとか、安くで宿を取ることに成功

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(写真:泊まった部屋。窓が付いてる事を押しにしていたが、窓からは汚い路地しか見えない)




荷物を置き少し休憩後に香港を散策に回る。



香港での一番の衝撃はビルを作ったり、高所作業をするときに鉄の単管を組み上げるのではなく、竹を使っていることだった。
日本を越えるようなこの大都会でアナログな技法を使い続けていることが信じられなかった一方、個人的には世界中で推奨したい技法だった。

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このなんの変哲もない竹の束を使う。確かに軽くて丈夫で理に適ってはいる。


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こんな歪な組み方で支える。超巨大なビルでも同じように竹を使っていた。不安になる見た目だがかなり格好良い。


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足元はこれ。かなり怖い。正気とは思えないが相当クールだ。






今後、香港に行くときはこの竹で組まれた工事現場を回るだけで良いかもしれないくらい気分が高揚できるカルチャーショックだった。


話は戻って、香港の夜の街の散策へ。

歩いていると、まりこ氏が突然驚いた声を出す。
日本でいうユニクロのような店だろうか、それは定かではないが、あちらこちらにチェーン展開されている大きな洋服屋があるのだが、そこの巨大な店頭ディスプレイに日本のモデルの友達がデカデカと写っていることに気付いたのだった。
あっちへ行ってもこっちへ行ってもその友達が移ったポスターやパネルが張り出されている。マリコ氏はあっちへ行ってもこっちへ行ってもその友達の写真を撮りまくる。
香港に来て、こんな事もあるんだねえと話していたけど、日本に帰ってきたら雑誌の表紙になってたりTVCMで起用されたり、そもそも日本でもとんでもなく有名人になっているようだった。

とりあえず散策を続ける。

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やはりネオンはかっこいい。


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なんか巨大な高さのテントで作られた市場。

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各店とも閉店間際のため、あまり店が開いてなかったのが残念。

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屋台。見たことのない食べ物のオンパレード。すごく美味しそうなシュウマイが食べたくてそれを買おうとしてたけど気持ちを押し殺した。


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どうしてもこの気持ち悪い見た目の食べ物が気になってしまったので、結局こいつを買うことにした。
グニャグニャした気味の悪い食感で、少し辛みのある味付け、スパイシーな匂いも相まって肉なのか海鮮物なのか分からない不快感ばかりが付いて回る。また香港に来ても、もうこいつを買う事はないだろう。


シュウマイが食べたかったが気持ち的にお腹がいっぱいになってしまったので、後味が悪いまま街を後にした。


そして、翌朝、僕らは日本へと帰るのだった。



おわり。
posted by ユーチャンチャン at 17:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする